東工大受験記 学年で下から20番が一浪して合格した話

東工大受験

こんにちは、はんそでです。

今回は、自分が東工大に合格するまでについての受験記を書いていこうと思います。僕が受験した当時のことなので、現在の制度と色々違うところがあります。

東工大といえば関東以外での知名度が著しく低いため、僕自身も受験生になるまで存在を知らなかったりと色々ネタにされている大学ではありますが、やはり理系の難関大学のひとつです。

僕は高校3年の時に学年での成績が下から20番という落ちこぼれでしたが、そんな状態からスタートして一浪の末に東工大に合格できました。

これから東工大を受験しようかと思っている方の参考になれば嬉しいです。

部活を引退して周りが受験モードになってきた、高校3年の夏頃から書いていきます。

クソ長い日記みたいになっているので、目次を利用して気になるところから読んでいただけたらと思います。壮大な自分語りの開幕じゃ!

目次

高校3年の夏

学年で下から20番だった

部活の最後の大会が終わり引退することになりましたが、部活を引退したからといって即座に受験へと気持ちを切り替えることができませんでした。

放課後が暇になってしまい、友達とオセロやトランプをして遊んでいましたが、僕を現実に戻してくれたのがテストの成績でした。

当時通っていた高校は、田舎にありがちな県立の進学校でした。定期テスト以外にも、3年生になれば受験を意識して校内の実力テストが行われていました。

成績優秀者は張り出され、「あいつスゲーなw」なんて話をしていました。

僕はというと、部活をやっていた時は家に帰ればニコニコ動画を見る日々で、部活を引退してからも放課後にダラダラ遊んでいたりと、成績は高校入学当初から単調減少していました。

部活を引退してから初めて受ける校内実力テストは下から20番でした。

一応補足しておくと、理系がおおよそ130人ほどいて理系の中で下から20番でした。

この成績を見たいときにはさすがにヤバいと焦りを感じました。受験があるのにこの成績は流石にマズイ、そう思って持っていた問題集を解き始めました。しかし、全然集中できませんでした。

自分を天才と思い込んでやる気を出した

なぜ勉強に集中できないかといえば、成績が悪かったため勉強に対しての自信を失っていました。

人の目を気にしがちで、頑張ってもうまくいかないんじゃないか、必死にやってダメだったらバカにされるだけなんじゃないか、と不安に感じていました。

いま振り返ってもめちゃくちゃだと思いますが、当時の僕は自分を天才だと思い込んで、受験勉強に対して最初の一歩を踏み出しました。

「俺は勉強ができないんじゃなくて、やってないからできないだけ、やれば必ずできるようになる、なぜなら天才だから!」

これは何か根拠があってそういう考えに至ったのではなく、完全に根性論でした。正直、恥ずかしすぎて人に話したことはありませんがこう思っていました。

実際に、これだけ極端な考えにたどり着いたときにはある程度吹っ切れていて、放課後は学校の学習室や図書館など人の目がある場所で勉強しはじめました。

周りが難しそうな問題集を解いている中、僕は基礎中の基礎みたいなめっちゃくちゃ簡単な問題集を解いていました。

自分を天才と思い込んだところで別に勉強ができるようになったわけではありませんが、勉強に対しての不安というのは軽くなったように感じました。

だから以前に比べて集中の度合いが上がりました。

タダで実践できるし、別に人にばれなければ頭の中で何考えてたって自由ですから、受験生の方で自信を無くしかけている人は自分を天才と思い込んでみてください。

「いやいや、恥ずかしくてできませんよ」って人がいるなら僕が代わりに言ってあげます、「あなたは天才だから、やればできる!」、天才といわれて悪い気はしないですよね?w

このようにして夏休みに入る直前くらいに、僕はやっと受験生らしく机に向かって勉強し始めました。

志望校は東大

東工大じゃないのかよ!と怒られそうですが、当時東大を第一志望にしたのには理由があります。

それは、日本で一番難しい大学だということです。

目標を設定するとたいていその手前までしか達成できなかった僕の経験則もありますが、入れる大学を選ぶとそこまでしか頑張れないという風に考え、成績のわりに理想だけは一人前でした。

先生との個人面談で「第一志望は理Ⅰです」といった時の、先生の困惑した顔は今でも思い出せてしまいます。

バカにされて火がついた

流石に人前で、俺は天才なんだぜ、なんていいませんが第一志望は東大っていうのは仲のいい友達には普通に話していました。

軽く笑いながらも、一緒に頑張ろうぜと他愛もない会話をしていました。

ところが、その友達から聞いたのかは定かではありませんが、そこまで仲良くもない同級生から、

「お前にはムリだろw諦めろよw」

なんて言われました。彼は軽口のつもりで言ったのかもしれませんが、「お前にはムリだろ」という言葉はなかなか頭に来ましたね。

実際にこの時の僕の成績じゃ、第一志望が東大というのは笑えない冗談のようなものでしたから、言われても仕方のないことなのかもしれません。

ムキになって反論はしませんでしたが、心の中で「必ず見返してやるからな」と粘り気の強い感情が生まれました。

自分になかなか自信を持てなかった弱気な性格ではありましたが、負けず嫌いでもあったので、この言葉は僕の心に火をつけました。

こういわれてから、「今日はここまでにしておこうかな」と思った時には追加で30分勉強しました。とにもかくにも勉強していました。

夏休み

補習皆勤賞

僕が通っていた高校では夏休みの3分の1くらい?は午前授業をやっていました。

それとは別に、希望者は補習を受けられました。そしてその補習がめちゃくちゃありがたいことに、難易度別に2,3個に分かれていました。

僕は当然、成績が悪い人向けの基礎的な内容の補習を化学、物理、数学と受けられるだけ受けました。

授業が終わって補習を受けて、放課後はもちろん学習室に向かいます。夏休みは本当に勉強漬けでした。

家よりも学校のほうが勉強がはかどったので、授業がない日でも登校して学習室で勉強していました。

友達も割と勉強していたので、休憩しているところを狙ってわからないところを教えてもらったりと、どんどん自分が勉強に対して積極的に取り組めているのを実感しました。

カンタンな問題集が終わりはじめた

学校で使用する問題集は僕のレベルに対して難しすぎたので、カンタンな問題集を各教科購入して勉強していました。

夏休みに入ってその問題集たちの一周目が終わり始めました。

そこで次の段階として、学校で使用している問題集を解き始めるようになりました。

応用問題はすんなり解けることのほうが珍しく、一問あたりにかける時間は増えましたが、ちゃくちゃくと自分が成長していることを感じられてうれしかったです。

物理以外の教科については問題集のレベルを上げたのは正しい判断でしたが、物理だけは苦手なままでした。

そして物理を苦手のままにしたことが現役での不合格につながりました。

模試やテストの成績が上がり始めた

夏休みに受けた外部模試や校内テストの成績が返却され始めました。外部模試も校内テストもどちらも成績が上がっていました。

夏休みに勉強を頑張った成果がさっそく出ました。

ただ、校内テストに関しては数学以外は平均点以下で、順位も下から20番が下から40番になった程度だったように記憶しています。

最初のほうに書きましたが、受験勉強に一歩踏み出す時に自分を天才と思い込んでやる気を出しました。

しかし、この時には成績が上がり始めていて勝手にやる気がわき出てきたので、もう自分を天才と思い込む必要はなくなっていました。

成績が上がる→モチベアップ→成績があがる→モチベ(略

このようにいい循環ができており、放課後になったら学習室の閉館時間19時まで勉強して、家に帰っても24時まで勉強するという勉強漬けの日々を継続することができました。

東大模試は散々だった

秋に入っても校内での成績は上がり続けていましたし、今までわからなかった問題でも段々と解けるようになっていて受験勉強に対して手ごたえを感じていました。

東大志望ということで東大模試を受けてみました。駿台と河合塾のを受けましたが、駿台はE、河合塾はDで散々でした。

化学以外偏差値50切っていた記憶があります。国語と英語は特にひどかったです。

この時にやや心が折れかけて、東工大という選択肢が自分の中で浮かび上がりました。

理系だったこともあり、国語と英語の勉強よりも数学、物理、化学の勉強を優先し始めました。しかし、物理はそれでも苦手なままだった!

校内テストで成績優秀者になる

校内テストでは、各教科の成績が貼り出されていました。

そのなかで、化学が得意になっていたこともあり化学で成績優秀者として名前が載りました。

そして、この出来事が今まで落ちこぼれとしか認識されていなかった僕の評価をじわりと上げることになりました。

あと、単純に自分の勉強した結果が人の目に触れて、すごいじゃんって言われるのに優越感や達成感を感じましたね。

成績優秀者として貼り出された後から、化学について「これ教えてくれない?」ってたまに質問されるようになったのは正直驚きでした。

この時に褒めてもらいたい、認めてもらいたい一心で何とかわかってもらおうと説明していました。

いま振り返って思うのは、人に教えるっていうのはものすごく自分のタメになるということです。人に教えているうちに自分の中での考えが整理されていきます。

校内テストで上から20番になる

勉強を継続し続けていた結果、校内テストで理系の中で上から20番の成績になっていました。上から20番になっていました!

まぁ、普段上位にいる人が調子悪かったみたいっていうのと、僕の得意な分野ばかり出題されていたっていうのが全てですがw

各教科の順位は張り出されますが、合計点での順位は分布図で記されており、おおよその順位が把握できました。

一番低いと見積もって上から20番、一番高ければ10何番といった成績でした。

この時は、数学、物理、化学と成績優秀者になっており、僕は勉強ができるやつと認識されるようになりました。

あの時、「お前にはムリだろ」といったやつの成績を追い抜かし、完全に勝ち誇った気持ちになっていました。

自己嫌悪に陥る

熱心に勉強していたこともあり、割と勉強ができる人の部類に入りました。

順調に事が運んでいると思っていたある時、友達が勉強で分からないところがあることについて、笑ってしまったことがあります。

その友達は、「笑うなよーw」くらいに流してくれましたが、一緒にいた他の友達に「その言い方はないだろー」とたしなめられました。

今まで自分はバカにされていて、「いつか見返してやる、あんな奴にはならない」と心に決めていました。

しかし、いざ自分が成績が上がってみると、人をバカにするような態度をとってしまったことが今でも忘れらません。

成績が上がったことで、自分が偉くなったと勘違いしていました。

エーミールの「そうかそうか、つまり君はそんなやつだったんだな。」っていうあの言葉が思い出されました。

あぁ、結局俺はその程度の人間なんだ。こういう風に自分の人間性について嫌気がさしたりしました。

異常なほど成績を上げたのは、異常なやる気でした。

毎日長時間勉強していることのストレスが、自分をむしばみはじめていました。

センター試験

志望校を東工大に絞る

センター試験を受ける前に、自分の学力では東大を受けるのは無謀であるという結論に至り、東工大を志望校として決めました。

当時の東工大は、センター試験と二次試験で合否が判定されていました。

しかし、二次試験の点数の占める割合が大きかったため、センター試験についてはそこまで熱心に勉強できませんでした。

第一志望の東大を諦めることになりましたが、東工大はオープンキャンパスに行ったことがありました。

めっちゃ大岡山駅から近いし、あの頃はゴミ箱にアニメのイラストが張ってあって「燃えるゴミ」「燃やさないゴミ」なんてかいてありました。

「燃えない(萌えない)ゴミ」はないんです!

東工大の雰囲気的にオタクな感じが結構好きでした、僕もニコニコ動画ばっかりみていたりと、オタクっぽいところもありました。

だから、志望校を変えたことでめちゃくちゃモチベが下がるということは回避できました。

センター試験当日はそんなに緊張しなかった

正直、センター試験がどんなに悪くても東工大の足切りには引っかからないだろうということで、そこまで緊張していませんでした。

でも、1点でも多くとっておいた方が有利になるのは当たり前で、解ける問題は片っ端から解いてやろうと意気込んでいました。

会場に向かう途中、友達と丁度同じ電車に乗り合わせました。

そこで軽く会話した後はお互い勉強するために本を黙々と読んでいて、いい具合に気持ちが集中していきました。

試験会場の入り口には、先生方が待機されていて一言励ましていただいたりと、本番が近づいたらさすがに緊張するかと思っていましたが、見知った人と軽く会話をしたらいつも通りの気持ちで臨めましたね。

どんな順番で受けたかあまり覚えていませんが、得点はだいたい85%くらいでした。可もなく不可もなくといった点数でした。

二次試験

センター試験後は狂ったように過去問を解く

センター試験を受ける前に東工大を受けようと決めましたので、東工大の過去問はセンター試験の後から解き始めました。

数学と英語については割と通用するかもと思っていましたが、物理と化学はやばかったです。

元より物理は苦手で、勉強はしているものの大きな伸びはありませんでした。

東工大の過去問でも、まったく解けないというわけではありませんが、自己採点していても半分を超えることがほぼなかったです。

そして一番ショックだったのは、東工大の化学は出題形式が鬼畜で、ほとんどの問題に部分点がありませんでした。

そのために、自分は化学を割と得意にしていると思っていたのに、いざ過去問を解いてみると、マジで点数が低い。

過去問については、過去5年分を何回も解いて、類題を問題集から探して解いてという風に、東工大で出たことのある問題、出そうな分野に絞って勉強していました。

数学で玉砕する

東工大の赤本をひたすらやりこんでいましたが、自己採点の結果は合格最低点を超えるときもあれば下回るときもありましたので、本番はかなり緊張して挑みました。

さらに悪いことに私立で慶應を受けており、その慶應が不合格でした。

元より私立の理系は学費が高く、合格していても進学できなかったと思いますが、東工大に落ちたら浪人することになるのでショックはありました。

不安を抱えたまま二次試験を迎えましたが、一発目の数学で玉砕しました。

手も足も出なかった大問が一つありました。

たしか、数Ⅲの分野で回転体の問題だったと思います。

この問題を見たときに、「やべぇ、あまりやってなかったやつだ」と焦りまくりました。

そして、その問題はほとんど白紙状態、他の問題についても完答できたと自信を持てるものがひとつもなく、数学が終わった時点で落ちたかもしれないとマイナス思考になっていました。

英語は可もなく不可もなく

数学の出来が悪くめちゃくちゃ焦りを感じていましたが、英語はそこまでコケたりせず平常心を取り戻せました。

普通に問題を解き終わったら時間を使い切っており、見直す時間がなかったのが不安でしたが数学よりはマシでした。

物理はやっぱり苦手だった

二次試験も二日目に突入しました、初日の数学で心が折れかけていましたが、一日寝たらある程度スッキリしていました。

そして、物理の試験は、やっぱり自分は物理が苦手だということを実感させられた時間でした。

自分が解き方を知っている問題についてしか手を出せなかったです。正直、物理が終わった時に不合格を覚悟しました。

化学、お前もなのか!?

東工大の化学はやっぱり東工大という感じで、わかる問題とわからない問題がはっきりと分かれました。

ただ、物理に比べるとかなり解けていました。

二次試験直前にひたすら東工大の過去問を解いていたこともあり、出題形式に慣れておいたのが大きかったです。

結果をみれば、化学は割と得点源でした。

(不)合格発表

落ちていると思ってもやっぱりドキドキする

現役の時は不合格だったと最初に書いたように、やはり東工大は不合格でした。

自己採点してみると例年の合格者最低点に届いてはおらず、はっきりいって来年度はどこの予備校に通おうかなって考えていました。

ただ、もしかしたらという気持ちがあり、合格発表が近づくにつれて期待と不安が入り混じった落ち着かない気持ちで過ごしていました。

結果は不合格!残念!

不合格であるという結果を見てからは、逆にすっきりして後期試験の勉強をはじめました。まぁ、後期試験は普通に落ちたのでここは割愛します。

あと30点で合格していた

これは後から分かったことですが、現役の時の入試の成績開示をしてみたところ、合格者最低点まであと30点でした。

数学は思ったほど悪くなくて部分点を結構とれていたみたいです。

英語、化学は多分平均くらい?って感じの成績でした。

しかし物理がめっちゃ悪かったです。

あと30点っていうと、あと一歩って感じじゃないんですけど、数学の手も足も出なかった大問を解けていれば!物理がもっと得点できていれば!なんて思ったりもしました。

ただ、受験生の方に言いたいのは、一応進学校とはいえ下から20番の成績だった落ちこぼれでも、夏休みからの半年間で東工大に合格していたかもしれないっていうレベルに達することができたということです。

努力が報われるかわからない状態で勉強するというのはなかなか不安で大変だと思いますが、勉強し続けてください。

僕は試験本番の不安も緊張も乗り越えられませんでしたが、それでも勉強し続けた結果が落ちこぼれがもしかしたら合格していた?っていう結果でした。

浪人 春

浪人生活がはじまる

浪人して合格するまでを書いていきますが、現役の時と違いすでに勉強する習慣がありましたので、淡々と勉強をこなしていきました。

しかし、受験勉強のストレスからか段々と人格がゆがみ始めた時期でもあります。

現役生の時を振り返り、東大、東工大に合格するために足りなかったところを補っていった

予備校に通う浪人生になった時に、現役の時はなぜダメだったのかというのを突き詰めて考えました。

東大と東工大のどちらかに進学したいと気持ちが固まっていたので、この二つの大学に必要なものは何かということを考えました。

そうすると、以下の事柄が問題点として浮かび上がりました。

  • 数学ⅢCの演習不足
  • 物理の理解度低い
  • 国語、英語が全体的に苦手

化学については、現役の時に簡単な問題集からスタートして、化学の重要問題集、化学の新演習と終わらせていました。

これ以上難しい問題集をやるよりは、今までの問題集を解きなおして知識の定着を図ればいいと思いました。

数学、物理に関しては理系科目でどちらの大学でもめちゃくちゃ重要な科目です。

ただ、国語と英語に関しては東大では必要だけど、東工大ではそこまでいらないかなぁと甘く考えてしまいました。

振り返ってみれば、この時に理系科目を優先して勉強するという決断をしたために、気づいたら東工大は確実に受かりそうだけど、東大はムリそうという状態になっていました。

予備校あんまり行かなかった

晴れて浪人生活が始まったわけですが、さっそく問題に直面しました。

僕は地元の予備校に通うことになりましたが、予備校まで片道1時間以上かかるのです。

電車で一時間ならまだ本も読めますが、

  1. 家から駅まで自転車で15分
  2. 電車で35分
  3. 駅から予備校まで徒歩10分

このような感じで、予備校に通う時間がめちゃくちゃムダに感じられました。田舎はやはり不利だなーってため息が出ましたね。

ただ、予備校の授業はプロの講師の方が一生懸命やっているので、英語と国語の苦手科目だけ出席していました。

休日は予備校の学習室に行っていた

平日は家に誰もいない状態なので勉強に集中できましたが、休日となると家族がくつろいでいますので平日に比べるとはかどりませんでした。

流石に浪人している自分に合わせてほしいなんて言えませんので、休日は予備校の学習室や、閉まっているときは近くの図書館を利用していました。

浪人生になると別に予備校をサボっても誰も叱ってくれませんから、自分で自分の生活を律さないといけません。

そこについて多少不安を感じていましたが、いざ浪人生活が始まってみると平日休日ともに勉強に集中できていたのでいい状態でした。

東工大合格を確信しはじめた

春に理系科目を重点的に勉強していましたが、とりわけ物理に関して実力がついたと感じました。

現役の時は、学校指定の教科書と問題集をやっていましたが、友達がおススメしていた参考書を使ってみたらめちゃくちゃよかった。

ちなみに、物理のエッセンス、名問の森を2周くらいずつやりましたが、本当に物理が得意になったと感じました。

この時点で去年の問題を解いてみたところ、一度解いたとはいえすんなり解ける問題がいくつかありました。

理科は演習をしっかりやれば確実に得点が伸びるとは言われていましたが、めちゃくちゃ実感しました。

東工大の合格最低点は超えるだろうと思い始め、この頃から最初に志した東大への憧れが復活してきました。

しかし、東大模試は微妙

夏ということで東大模試を受けました。駿台と河合塾のを受けましたが、両方C判定。

駿台はC判定の下の方、河合塾はC判定の真ん中くらい。英語と国語が足を引っ張ていましたし、数学と理科でそれを巻き返せるほど得点できていませんでした。

英語と国語を勉強する時間を増やさないといけないと思い取り組んでみるものの、そもそも勉強方法がわからないような状態でした。

全国模試での偏差値は60を超えるけど、難しい問題となると全然わからない。とりわけ、東大の過去問とかチンプンカンプンといった感じでした。

予備校には高校の時の友達もいましたし、その友達経由で他の高校出身の人とも話すようになり、国語や英語が得意な人から勉強法を教えてもらったりしました。しかし、参考書の数が増えていくだけで、なかなか成績は上がりませんでした。

じわじわと上がってはいるものの物理のような急激な伸びを感じられなかったため、勉強時間が数学と理科に偏っていきました。苦手科目から逃げてしまったことを今でも悔やんでいます。

平日も予備校に行く

授業が無い日でも予備校に行って学習室で勉強していました。

他の高校の人で良く話す人が増えてきて、昼休みの時間にちょっと話したりと孤独になりがちな浪人生活の支えになっていました。

国語と英語の授業をメインに出席するのは相変わらずですが、家で勉強しているよりもなんとなく気が楽になったので、予備校を利用する時間が増えていきました。

人格にゆがみが生じる

予備校を利用する時間が増えたことで、今までは気にならなかったことが気になるようになり始めました。

難関大学を目指している人だけが集まっている予備校というわけではないので、そこまでマジメに勉強していない人も在籍していました。

別に静かにしていてくれれば何も感じませんでしたが空き教室で騒いでいたり、予備校の周りでバカみたいに笑いながら遊んでいたりと、正直ジャマだなって。

どんどん人を点数や偏差値で判断している自分に気づきました。

マジメに勉強していればそりゃ点数はいいでしょうし、マジメじゃなければそれなりの点数です。

しかし、勉強で人の価値が決まるわけではないという当たり前のことを、受験に毒されていた僕は忘れていたんですね。

彼らを憎たらしく感じていました、頼むから消えてくれ!って感じに。

東大模試の結果を見て東工大に絞る

冬というか秋の終わりかもしれませんが、東大模試を受けました。

またまた駿台と河合塾のを受けました。駿台がもうちょいでBになりそうなC判定、河合塾がB判定の真ん中より下の方といった感じでした。

英語と国語ともに偏差値50近くで、得点源にはできないけど足を引っ張るほど悪くもないかなって感じでした。

しかし、理系科目が駿台と河合で60近かったりほぼ50と安定していませんでした。

模試を受ける前に、駿台でB判定が出たら東大に挑戦しようと思ってたんですが、残念ながらあと一歩及ばずC判定でした。

この時に、「これ以上浪人はできない」というプレッシャーがあり、C判定でも挑戦してやる!という気持ちにはなれませんでした。

東大を諦めるという決断でめちゃくちゃモチベが下がって、数日はなかなか勉強する気になれなかったです。

でも、じゃあ東工大受けるのか、それはそれでリベンジだなって感じになり、徐々に勉強のペースは戻りました。

東工大の過去問を解き始める、去年との違いに驚く

12月の半ばを過ぎたころに東工大の過去問を解き始めました、センター試験対策そっちのけで過去問ばかりやっていました。

過去問を解いてみてまず感じたのは、結構わかるぞ!?っていう驚きでした。

去年は問題文を読んで考えに考えて答えを出していたのが、問題文を読んだだけで解答の方針がある程度たてられるようになっていました。

本番を意識して時間をはかりながら過去問を解いていても、わかる問題を素早く完答してわからなかった問題にじっくりと時間をかけられるようになっていました。

ほんの数日前まで東大を諦めたことで萎えまくっていたのに、今回は本当に東工大に合格できるかもしれないと一転してワクワクしていたのを覚えていますw

センター試験

去年より点数が下がっていた

当たり前といえば当たり前かもしれませんが、センターよりも二次試験の配点が高かったのでセンター対策は過去問を数年分解いただけでした。

現役の時がだいたい85%の得点率、浪人した時は80%の得点率です。浪人生としてプラス一年勉強してきたのに去年より点数下がってるやんけ!とびっくりしましたw

ついでに現役の時と同様、社会科目は地理を受けていたのですが、一週間前にちょろっと勉強した現代社会の点数のほうがよかったです…

東工大にセンター試験なんて関係ないんだよ!って具合に逆切れしながら二次試験まで黙々と過去問を解いていました。

二次試験

センターが終わった後はひたすら過去問をしていましたが、過去問も10年分くらい何回か解いてしまったので、今まで使っていた問題集を解きなおしたりしました。

勉強している分野が気付かないうちに偏っていることもありますので、網羅型の問題集も解きなおしたりしていました。

センター試験後はまだ精神的に余裕があったのですが、あと2週間、あと1週間と二次試験が近づくにつれてどんどん不安な気持ちが強くなりました。

現役の時に比べて合格には確実に近づいていると思いながらも、万が一何かあったらと思うと夜眠れなくなったり不安でした。

浪人生の時のプレッシャーは現役の時の比じゃありません。これでダメだったら自分の一年間が否定される、そんな風に思うほど追い詰められていました。

去年不合格だった慶應に受かっていたものの、「私立はムリだぞ」という脅しを親から言われていたので気休めにしかなりませんでした。

試験会場に早くついてトイレを何往復もしていた

遅刻だけは絶対にしたくなかったので、結構早めに試験会場の東工大に到着しました。

試験開始30分前くらいにはすでにキャンパス内にいた気がします。

試験会場について自分の受験番号があるのを確認して着席します。しかし、どうも落ち着きません。

のどが渇いたときのためにお茶もかったし、なんならポカリも買っておいた。

おなかが空いたときのためにおにぎりも2個とサンドイッチも買った。

鼻水が出るときのためにティッシュも持ってきた。

筆記用具はすべてそろっている。

それでも落ち着きませんでした。

やはり、試験会場についてみて同じ教室内、もっといえば同じキャンパス内にいる人たちと競わなければいけないということで緊張していました。まぁ、類ごとの募集だったので、全員と競うわけではありませんがw

こちらは元落ちこぼれ、周りにいるのはメガネをかけためっちゃ賢そうな人ばかり、途端に自信を失い始めました。

とにかく教室内から逃げ出したい一心で、試験開始の五分前くらいまではトイレに行っては着席し、またトイレに行くの繰り返し。

からだを動かしていると少しはポジティブになれるかなとも思いましたが、そんなことはありませんでした。やっぱ超不安でした。

数学である程度合格を確信する

めちゃくちゃ不安を感じながらの初日、一発目の試験である数学が始まりました。

試験開始の合図とともに解答用紙に名前と受験番号を書いて、すべての問題に目を通しました。

この時に、「あれ、全部わかるぞ」、とこれ進研ゼミで出たところだ!状態でした。

この瞬間に、不安と緊張から解放されました。

まず完答しやすい問題から素早くこなしていって、計算の分量が多い問題にしっかりと時間をかけてすべての問題を完答しました。

マジで嬉しかったです!ただ、満点ではなくて8割程度の点数でした。しょうもない凡ミスをしていました。

英語も調子いいかも?

数学で勢いづいたのもあって、英語はかなり集中してのぞめました。

数学である程度アドバンテージをとったはずだから、英語は大きくコケなければいいという風に思えたのが大きかったです。

過去問に比べて英語の文章題は単語数が増えていたように感じましたが、時間内に答案を埋められたので、これで良し!って感じでした。

もう物理は苦手じゃなかった

物理の試験でも問題文を読んで大体の問題に解答の方針がたちました。

物理は去年から比べて本当に伸びたなーって感じました。

物理についても数学と同様に解きやすいと感じた問題を完答して、時間がかかりそうな問題にしっかりと時間を回せました。

化学で少し不安になる

化学は自分の中で得意な科目のつもりでした。模試の成績でも化学は安定して点数をとれていました。

しかし、今年の東工大の化学が難化したのか、単純に自分の不得意な問題が出ていたのか定かではありませんが、今まで見たことないぞって問題が2,3問ありました。

数学、英語、物理と割と順調に解けていたこともあって、今までの知識を総動員して何とか答えをひねり出すような問題に化学で初めてぶつかりました。

しかも悪いことに、解いたことがある気がするけど、これってどう考えればいいんだっけと思うような問題もチラホラありました…

まずは得点を固めるためにわからない問題は一度飛ばして最後に取り組みましたが、最後まで考えてもわからなかったため、結局適当に答えておしまい。

ただ、帰りに大岡山駅のマクドナルドで食事していたら、東工大の受験生っぽい人たちが口々に「化学わからなかったー」って言っていたのを聞いて少しだけ安心しました。

合格発表

化学で少し不安な気持ちになっていたとはいえ、自己採点してみて合格ラインは超えていると感じていました。

合格発表まではほとんど勉強せずに、マンガや小説を買って読んでいました。

いよいよ合格発表がされる日になりましたら、気になって気になって仕方なかったので、発表される時間の30分前にはPC前に待機してニコニコ動画とか見てました。

そして、発表されたところ自分の番号があることを確認しました。東工大に合格しました!

うおお!っていうガッツポーズなんかは出ずに、受験勉強が終わったことに対して安堵していました。

一年間人より余計に勉強したけど、なんとか報われてよかった。そして浪人生活が終わるというのがただただうれしかったです。

成績開示してみたら割と余裕だった

正確な点数を覚えていなくて申し訳ありませんが、入学後に入試の成績開示をしてみました。

合格最低点にプラス100点くらい?で、合格者平均は上回っていたと記憶しています。

各教科についても、

  • 数学 200/250
  • 英語 100/150
  • 物理 120/150
  • 化学 90/150

こんな感じでした。当時の記憶があやふやなところもあるので、もし間違っていたらごめんなさい!

ふたを開けてみれば合格最低点は大きく超えていましたし、少し余裕のある合格でした。

おわりに

ものすごく長大な自分語りをしてしまい若干恥ずかしい気持ちでいます。

今回は、当時の気持ちや出来ごとに関して色々書いていきました。

受験生の方で、漠然と不安を感じていたりしている人を勇気づけるような内容ではありませんが、僕も不安でたまらなかったけど乗り越えなくても合格できたよ!っていうのは伝えたいです。

また、受験勉強のスタート地点が学年下から20番という落ちこぼれでしたが、現役の時にもうちょいで合格、一浪してみたら余裕の合格でした。しかしその代償として大学受験に人間性をささげてしまっていたように思います。

受験勉強に熱心に取り組むあまりに人を点数や偏差値で判断しないよう、受験生の方には気を付けてほしいなって思います。そこまで追い詰められている人はあんまりいないかもしれませんがw

センター試験まであと何日、二次試験まであと何日って意識すると緊張してくると思います。これを読んでくれた皆様のみならず、受験に一生懸命打ち込んだ人たちが全力を出し切れるよう祈っています。