大学を留年して絶望したこと

東工大

こんにちは、hansodeです。今回は自分が大学を留年して絶望したことを書いていこうと思います。

これまで過去の栄光にすがるように大学受験を何とか乗り越えた話を書いたりしました。

しかし、僕が大学を何回も留年した落ちこぼれであるという事実はどうあがいても消せないのです。

大学を留年した人の多くは留年が確定する直前までドキドキしたりはせずに、元々単位の取得状況が悪く、結構前から諦めているのではないかと思います。

もし留年しそうって人がいたら、この記事を読んで何とか思いとどまってほしいです。

はじめに

留年したことで感じた絶望の話を始める前に、少しだけ書いておきたいことがあります。

留年が確定した?

単位が全然足りてなくて諦めている場合は仕方ないのですが、留年するかどうかの瀬戸際にいる場合は悪あがきしましょう。

成績評価は確定してしまいましたか?

期末テストが終わってすぐであれば、まだ成績は確定していないので悪あがきで何とかなる場合があります。

自分が通っていた大学の場合ですが、

  1. 期末テスト終了
  2. 教員の方が採点
  3. 成績を報告して確定

この順番で成績が確定すると思います。2と3の間に割り込めばワンチャンなんとかなることがありました。

3番目の成績を教務課?に報告して確定してしまうと、余程のことがない限り覆らないです。

ですが、確定する前であれば追加の課題をお願いしたりしてなんとかなることもあります。

よって、まだ留年が確定していない人はこの記事を読んでいる場合ではなく、教員にメールをしてなんとかならないか聞いてみてください。

留年して絶望したこと

前置きは終わりにして留年したことで直面した絶望について書いていきます。

かなり暗い気持ちになると思いますが、何かやりたいことがあって留年したわけでもなく、なんとなくめんどくさがって留年してしまった僕みたいな人は、たいてい陰鬱な気持ちで過ごしていたのではないでしょうか。

同じ講義を受けている人が知らない人ばかりになる

進級するために、単位を落とした講義を再履修すると思います。

その時に一般教養のような色々な人が集まる授業であればダメージはすくないです。

しかし、専門科目となるとめちゃくちゃしんどいです。なぜなら、専門科目は特定の学科の人が受講することが多いからです。

つまり、自分以外の学生はお互いみんな知り合いのような状況に放り込まれます

留年していないマジメな学生側から見てみると、僕は再履修している人だとすぐにばれます。だって知らない人が混ざっているんだもの。

まぁ、実際のところは僕が再履修であったり留年してたからと言って彼らは特に何も感じていないとは思います。

しかし留年したことで「自分は本当にダメな奴だ」と思っている僕は、「こいつ留年じゃね?」と思われているのではないかとオドオドしていたような記憶があります。

そして、友達がいないということは話しかけられる人がいません。わからないことがあれば、自力で解決するか、先生に質問するかの二択です。

留年するような奴が留年したからと言っていきなり先生に積極的に質問できるようになるのか…、なりませんでした。

ここで心を入れ替えることができていれば留年生活は長期化しなかったと思います。

先生方は何といっても専門家で、僕は質問して解決しなかったことはなかったです。逆に言えば、質問すればすぐ解決するようなところでつまづくアホでした。

留年している人たちは臆することなく先生に質問するといいと思います。顔も覚えてもらえるし一石二鳥です。

奨学金が止まる

当たり前ではあるのですが、留年したら止まりました

そして奨学金が止まることにより、じわじわとお金の余裕がなくなり心の余裕もなくなる。

この頃に初めてクレジットカードの請求1万円を遅れて返済した覚えがあります。

マジで借金しているという感覚は人を追い詰めるということを実感しました。借金の連帯保証人にだけは家族だろうとならないと思います。

減った分は埋めなければいけませんので、コンビニでバイトをはじめましたがそこはなかなかクソでして…

奨学金が止まったことそれ自体に絶望したというよりも、それによって引き起こされる絶望の連鎖がやばいといった感じです。

留年したことにより、まず自分で自分のことをダメな奴だと思い、奨学金が止まることで世間からも落ちこぼれの烙印を押され、お金の余裕がなくなることで自分の無力さを痛感させられます。

ちなみに、留年が長引き一回休学届を出したところ、奨学金をもらう資格自体が停止したため進級しても奨学金は復活しませんでしたw

自己嫌悪が止まらなくなる

僕は留年を何度も繰り返してしまったクズなんですが、それはつまり留年しているにもかかわらず家に引きこもってゲームしたりして講義をサボっていたんですね。

学期が始まるごとに、「今回こそは進級するぞ」と意気込んでいました。

しかし、ひと月も経てばだんだんと講義に出るのがつらくなってきます。

勉強しているよりもゲームしてる方が楽しく、講義で分からないことがあっても、課題が出ていても、それを放置して家にいるときはずっとゲームをしていました。

その結果、学期が始まってひと月が経つ頃には講義の内容に追いつけなくなり、そこでまた「自分はやっぱり何やってもダメなんだ」って思い込む。

そして授業に出なくなり、一日中家に引きこもってゲームをする。

そうなってしまうともう最悪で、生活習慣が昼夜逆転してしまい、目が覚めると授業が始まっているor終わっているような状況になります。

自分は今日も講義をサボってしまう落ちこぼれ野郎だということを認識することから一日が始まるようになります。

何か目的を持って一日を過ごすわけでもなく、ただゲームをして時間を浪費して一日の終わりを迎えます。

そして布団に入ってこう思うんです、「朝おきれない自分が嫌だ、留年しているのに勉強しない自分が嫌だ、成長していない自分が嫌だ」、と止まらなくなります。

なんだかんだ東工大に合格するまで、目標を立てて努力してきました。その時の自分と比べたときに、今の自分が許せなくなっていました。

自分はダメな人間だから留年しているのだと、留年していること自体を正当化しようと自分のダメなところを積極的に探すようになっていました。

親にめちゃくちゃ迷惑かけているということ

これは自己嫌悪に近いのですが、それに含めてしまうには余りにも大きかったです。

僕が完璧な息子でないように、両親も完璧な親ではありません。

酒グセが悪いとか、口うるさいとか、やっぱり不満に思うことはあります。

でも、育ててもらったことについては、やはりそれとは区別して感謝すべきと思っていました。

育ててもらった恩を留年することで仇で返しているのは、本当につらかったです。

留年が決まるたびに、「次こそは進級するから」という約束をしては破っていました。

どんどん自分がどうしようもなくダメな人間に思えてきて、無気力に、卑屈になっていくのを感じました。

人の幸せを素直に喜べない

努力し続けていた友達は留年することもなく、学部を卒業して大学院に進学していました。

そしてある時に、大学構内で出くわし会話した時のことです。

有名な企業から内定をもらえたこと、留年している僕のことを心配しているなど、本当に優しく、そして努力する素晴らしいやつです。

ただ、この時の僕の気持ちは複雑なもので、素直に喜べなかったんですよね。

留年している自分と、うまくいっている彼とを比べて妬んでいました。

心配してくれている人に対して、しかも友達に、そんな感情を向けてしまった自分のことが本当に嫌になりました。

自分という人間がどんどん卑屈に、そして嫌味な人間になっていることを感じました。

留年しても人生は続いていくということ

留年する前は、留年というものはゲームでいうところのゲームオーバーのようなものであり、そこでおしまい、なんて思っていました。

「留年したら終わりだわw」なんて言っていましたが、いざ留年してみると終わりじゃありませんでした。

留年しても人生は続いていきます。

今後の人生、留年した人として生きていかなければいけないと思うととても憂鬱な気持ちになりました。

残りの人生罰ゲームだなーなんて思っていました。

真っ先に出てくるたとえがゲーム、本当に自分はゲーム中毒だったんだなぁw

おわりに

大学を留年して絶望したことについて書いていきました。

留年するまでは自分はやればできるとか幻想を抱いていましたが、その幻想は打ち砕かれ絶望の底に叩き落されました。

やればできるのはだれでも同じで、やるやらないかが大事だなぁと本当に今になって思います。

留年しそうだけど、今から頑張れば回避できるって人がいればぜひ頑張ってほしいです。

サボったらこういう未来が待っているぞっていうのは、全然モチベーションにはならないかもしれないけど、自分に対して自信を持てなくなってしまうのはつらいです。

留年経験者に幸あれ、留年を経験せず真面目に卒業した人たちにはちょっと多めに幸あれ!